妻の学会発表

先日、妻の三浦亜希子が学会講演というご機会を承りました。

不妊治療分野のスペシャリストで著名な医療関係者の方々が主催する組織です。


誠に有難いご機会を頂きました。

特別講演では、
内田樹先生のご講演も有られました。

内田先生の著書は新書が出版それると必ずという程、書店でのおすすめコーナーに並んでいます。

言わずと知れた著名な学者の方です。

その様な学会にてお話しさせて頂く事は、誉で有り、またご褒美の様でも有ると同時に、非常に重責と試練だと身近に居て感じました。

身に余るご機会を頂いた事を妻に代わり御礼申し上げます。






一般的に講演の目的や大事なこととは、

①   エビデンス(根拠)

②   再現性 (他者による再現性) 

大きくは、この2つが求められる事と思います。




それに対して、

否定されるのが、

講者の感情や感想、
「こう思った」とか
「こう感じた」とか。




エビデンスとは科学的な証明に基づく理由。

しかし、

その科学的証明の技術が事象に追いつかず、「エビデンス不明」となる。


事象に対して説明出来ないものは山ほど有るのですから。





現象や事象が未熟では無く、 

エビデンスの証明が未熟な場合も多々あるのです。




ですので、

エビデンスが無い=事実の否定などとはおかしな話です。



前置きは此処までとして何が言いたいかと云うと、


 → 『要は事実がすべて。』




妻の講演はエビデンスもしっかりと有り、佳い講演だったと思います。




ただ、手前味噌となりますが、
より素晴らしかったのが、

妻が今現在までの少なからずの

鍼施術経験のなかから、

発せられた言葉

「そう感じた」「そう思った」

という言葉です。

本来であれば、一番否定される文言でしょう、講演を聴いて下さった医師や医療関係者の方には、

かえってその言葉を未熟と感じる取る人も居られたかも知れません。




ただ、ハッキリ言えるのは、




妻は事実を知っているのです。




そして、

それを簡単に説明できるほど単純な話しでは無く。

そして、

再現性が有るかのような簡単な方法でも無いのです。




ですので、

本意は多くの人には理解されず、

大多数というか、殆どの人には再現出来ないかも知れません。




しかし裏を反せば、

それこそが先進的、秀逸な事実行動を取っている証拠とも言えます。




僕、個人的には、

多くの人が直ぐに納得出来る事柄よりも、価値を感じずにはいられません。




事実を引き出した上での、

「そう感じた」「そう思った」という言葉には感激しました。




僕自身も本来は感情は意味がないと考えるタイプですが、




妻のいう「そう感じた」には、

エビデンス以上の事実を知る者のちからを見ました。




追記

一般社会的に

思いや感想をエビデンスに置き換えられたら、より色々な事が発展する事と思います。